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  • 執筆者の写真Masala Press

『ファイナル・ラウンド "Irudhi Suttru"』@東京国際映画祭

気がつけばそこにいる、地味だけど味のあるヤツ。


俳優マーダヴァンといえばそんな印象なのは、近年はインドの国民的ヒット作「きっと、うまくいく”3 Idiots”」(日本公開2013年)で写真家になりたい思いを父親に言い出せず悩む学生だったり、「タヌはマヌと結婚する”Tanu Weds Manu”」(2011)、「タヌはマヌと結婚する2″Tanu Weds Manu Returns”」(2015)では気の強いヒロインに振り回され、最後は愛を勝ち取る実直な男を演じていたから。


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あらためてWikipediaを見てみたら、「きっと、うまくいく」の主演3人で「黄色く塗れ!”Rang De Basanti”」(2006)にも揃って出演していたし、もっと若いころは社会派タミル語映画の巨匠マニラトナム監督の秘蔵っ子として何本もこなしています。


わりと昔から彼の作品を観ているはずなのに、見るたびに風貌が変わるせいなのか、もっと派手で目立つ俳優があとからあとから出てくるからなのか、なぜか忘れがち(失礼)な俳優でした。


しかしそんなマーダヴァンが東京国際映画祭で来日するとあっては出向かねばなりません。というわけで、上映の最終日でしたが11月2日(水)に行ってまいりました。


上映作は「ファイナル・ラウンド”Irudhi Suttru “」(2016)


<あらすじ>

プラブは女子ボクシングのコーチとして成功をおさめていたが、持ち前の傲慢さが災いして協会と揉めて失墜してしまう。そんなとき17歳の魚売りの少女マディと出会い、その才能にひかれるが、彼女はボクシングに興味がない。ふたりはタッグを組んでいけるのか…。日本でもヒットした『きっと、うまくいく』に主演したマーダヴァンが、本作ではプラブ役で主演してプロデューサーも兼ねているほか、今回上映するタミル語版のほかにヒンディー語版も存在し、『きっと、うまくいく』『PK』のラージクマール・ヒラニ監督がプロデューサーを務めている。新鋭女性監督スダー・コーングラーは巨匠マニラトナム(『OKダーリン』)の愛弟子。マディ役のリティカー・シンは実際のキックボクサーである。(東京国際映画祭解説より)


マーダヴァン氏、本作では1年半かけて肉体改造したという筋肉モリモリ長髪ヒゲのワイルドマンになっていました。いやー、七変化俳優です。


本作はそのワイルドマンが貧しい魚売りの少女の才能を見いだしチャンピオンに育ていくスポ根もの。


この少女がとんだジャジャ馬で、前半はもうなんというか、扱いづらさ120%で見ていて痛々しいほど。海辺のトタン屋根の長屋に住み、父親は金ほしさに改宗したりするようなろくでなし。母親は愛情深く優しいけれど日々の生活を送るのが精一杯で、娘がボクシングでよい成績を残し、公務員である警察官に登用される道に一縷(いちる)の望みをかけている。


この生活では女性は丁寧に扱われる存在ではなく、生きていくためにはボクシングのコーチに色じかけで迫るような選手もいる。そんな環境で心を閉ざし粗野に振る舞うことでバランスを保っていた少女が、ボクシングの才能を見出され、コーチに絶対服従のシゴキではあるけれど価値ある人間として扱われていくうちに変わっていきます。


前半ずっとしかめっ面か仏頂面だったジャジャ馬が、コーチに淡い、つたない恋心を抱いたあとに見せる笑顔がグサっ、グサっと刺さりました。こんなに可愛らしい笑顔を見せる少女の心を閉ざしていたものはなにか? 


情緒などというものが育つ環境になかった少女は、悩んだり考え込んだりはせず「I love you!」と単刀直入に切り出してしまうし、「そんなことよりボクシングやれ」と受け入れてもらえなかったらあからさまに荒れてしまう。


駆け引きも、女子にありがちなとりとめない甘い未来の妄想もなく、初恋にすら体当たり。そんな不器用さが痛々しく、そしてとても愛おしく、挫折を乗り越え師弟として再びチャンピオンを目指していくあたりは、ありがちな話ではあるけれど涙なしには観られませんでした。


いつも母親や娘たちに威張り散らす父親、才能があるからと特別扱いされる妹に嫉妬する姉、立場を利用して女子選手を食い物にするゲスなボクシング連盟の重鎮など、リアルな人物設定もたいへんよかった。


インド国外の市場を意識しているためか、スポ根ものだとついつい因縁の隣国パキスタンとの対決がヒートアップしたりインド国家万歳が強く出すぎたりするのだけど、今回はパキスタンはなく、インド国家万歳もさらっとしていてうまい見せ方でした。

 

上映後は、くだんの主演マーダヴァンとプロデューサー氏による質疑応答。登壇した生マーダヴァン氏は、地味と書いておきながらなんですが、少年の瞳を失わないハンサムガイでした。ニコっとするとアイドル俳優だったころに戻りますね。キャーキャー。

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あまりコテコテのタミル人ぽくないのは、タミル家系に生まれたものの育ちはビハール州であったり、豊富な海外留学経験があったりするからでしょうか。


質問にひとつひとつ丁寧に答えてくれて、28年前に千葉に滞在したことがあったりと意外な話も聞けました。


意外といえば、主演のジャジャ馬娘マディ役は、女優にボクシングの練習をさせたのではなく、本物の女子ボクシング選手を探してきて撮影を始めたそう。前半のジャジャ馬っぷりやボクシング選手としての動きのリアリティが、後半に恋する乙女になったときに痛いほど効いていた理由だったようです。


インドの女子ボクシング界を扱う点では、実在の女子ボクシング選手を描いた「マリー・コム “Mary Com”」(2014)と少々かぶっていました。


「マリー・コム」は超売れっ子女優プリヤンカ・チョープラーがかなり作り込んでボクシング選手を演じ、インドのスポーツ界の腐敗や行政の地方への冷遇、オリンピックに出るような選手たちへの待遇の悪さ、結婚・出産と女性としての幸せをつかんだあとに訪れるキャリアと家庭のあいだで揺れる心といった盛りだくさんのドラマだったのに対し、本作はそれらを盛り込みつつも、ジャジャ馬娘と鬼コーチのピュアなドラマにより焦点があたっているように感じました。


そんなわけで、マーダヴァン氏に「本作はラブ・ストーリーの要素が強いように思えたけど、テーマはなんでしょう?」とお尋ねしました。


「これはUnderdog(負け犬)の話で、挫折を味わったふたりの主人公たちが、困難を乗り越えて成長していく物語だから、ラブ・ストーリーと言われるとちょっと残念」とがっかりさせてしまいました。


貧しい育ちゆえに頑なだった少女の心に不器用ながらも恋心が芽生え、決して聖人君子ではないが熱い思いをもったコーチの期待に応えるべく挑戦していくという、その姿が愛おしくて、ラストがまた痛いほど彼女の気持ちが伝わるいい終わりかたで、そういう意味を込めての「ラブ・ストーリー」という表現でした。


陳腐という意味にとらせてしまってごめんなさい。


マーダヴァン氏のツイッター公式アカウントより

マーダヴァン氏のツイッター公式アカウントより


というわけで、王道中の王道のスポ根物語でありながら、人間ドラマがしっかり描かれていて大変面白かったです。


そしてひとりひとりと丁寧にお話したり写真撮影に応じたりと、マーダヴァン氏はめちゃくちゃいい人でした。昨夜は六本木の「三船」で奥様と息子さんも一緒にお食事されたみたいですね。


たまたま同じ店に居合わせたラッキーな客になりたくてインド料理屋で張っていたけれど外れました。そうか和食か。残念。




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